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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)518号 判決 1962年10月18日

判   決

控訴人

チエタンダス・ジエタナンド・ハライラマニ

右訴訟代理人弁護士

和田誠一

被控訴人

バンク・オブ・インデイア

右日本における代表者

テオフイラス・ライオネル・カブラール

右訴訟代理人弁護士

平林真一

右当事者間の昭和三四年(ネ)第五一八号当座借越金等請求控訴事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、以下に附加する外、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

被控訴代理人は「元来本件取引上の控訴人の責任は甲一、二号証による取引契約及び連帯責任負担契約に基くものであるが、この両契約は日本においてなされたから、れの責任の有無の判断は行為地法たる日本法によつてなさるべきである。仮に控訴人とマブバニの組合に英国法ないし印度法のパートナーシツプの法理が適用されるとしても、右法理によつても、組合解散前における組合の取引上の債務については、控訴人は他の組合員と連帯してその支払の責任があり、且つ右責任を免除されたと認められる事由はないから、控訴人の抗弁は理由がない。」と述べ、控訴代理人は「パートナーシツプであるインドネシヤ・マラヤ・エキスポータースの被控訴人に対する当座借越金及び現金信用借金の債務額が昭和三〇年八月二五日現在被控訴人主張のとおりであつたが、昭和三一年六月三〇日当座借越金については年八分、現金信用借金については年九分の割合による約定利息金相当の損害金を附加し、更に現金信用借金から、担保商品の処分代金を控除した結果右両債務が被控訴人主張額となつたことは争わない。なお被控訴人は解散の当日たる昭和三〇年八月二六日組合の当座預金勘定を金銭出資組合員であつたマブバニに切りかえ、その一切の責任を同人に負わせることゝしたこと、その後僅か一ケ月足らずで、マブバニに対し当座貸越金七六四、七〇九円、現金信用貸金二三三、五二三円の貸出をしている事実により控訴人の債務免除の合意が推定される。」と述べた。

証拠≪省略≫

理由

被控訴人は本店をインド共和国ボンベイ市に、支店を肩書地その他に有し、主として外国為替の業務を営む外国銀行であること、控訴人はマブバニとともにインドネシヤ・マラヤ・エキスポータースなる商号の下に輸出入貿易を営む組合の組合員で、大阪市東区南本町二丁目四〇及び四一番地福武ビルデイングにある組合の営業所においてその営業に従事していたものであるが、控訴人及びマブバニは、昭和二八年三月一二日被控訴人と右両名が各自組合を代表する権限を有すること及び組合の取引上の一切の債務については連帯責任を負担することを特約して、組合名義で当座取引契約を締結し、じらい右取引を継続してきたこと、ところが控訴人及びマブバニ両名は昭和三〇年八月二六日右組合を解散することになり、同日その旨を被控訴人に通知した上その同意を得て右取引を解除したこと、右解除の前日である昭和三〇年八月二五日当時右両名が被控訴人に対し連帯支払の責任があつた組合名義の債務は、当座借越金七、五五〇、一五六円と現金信用借金四、六〇〇、〇〇〇円であつたことは、いずれも当事者間に争がない。

控訴人は、控訴人及びマブバニ両名が本件取引契約を日本法の組合契約の当事者として同法に則り締結したものではなく、英法のパートナーシツプ契約の当事者として同法の法理を契約内容として締結したものであつて、控訴人の前示債務は組合(パートナーシツプ)の解散に際し、控訴人とマブバニ及び被控訴人との間においてなされた債務免除の合意により、又仮にかかる明示的の合意がなかつたとしても、債務免除の黙示の合意を推定すべき事情の存在により消滅している旨主張し、被控訴人は本件取引契約は本邦内の取引につき本邦内で締結されたもので当然日本法に準拠し且つ当事者双方とも控訴人及びマブバニを日本法の組合の組合員と理解して締結されたものであるし、仮にそうでなくてパートナーシツプの法理を契約内容としていたとしても、控訴人主張のような控訴人の債務を免除する旨の明示又は黙示の合意が成立した事実はない旨争うので、判断する。

まず本件取引がパートナーシツプの法理に準拠してなされたものであるかどうかの点について考えるに、わが国においては、公序良俗に反しない限り債権契約の当事者は自由にその準拠法を指定しうるのみならず、わが法を準拠法とする場合においても、契約自由の原則の範囲内において、契約の内容の細目の定めをなさないで、その部分につき外国法の規定ないし当事者間に周知の外国法の法理に委ねることも許されるし、現実にかかる明示的の指定がなくとも、契約の性質その他諸般の事情から推定される当事者の合理的意思により定まる法律ないしは法理により右契約を規律しうるものと解されている。この見地に立つて本件を見るに、本件取引契約を締結するに際し、控訴人及びマブバニが組合の名においてした取引については、いずれかの国の法をその準拠法とする旨の明示的指定をしたとの証拠はないが、(証拠―省略)を総合すると、控訴人及びマブバニはいずれもインド系のイギリン人であること、右両名の組合は一九五二年(昭和二七年)九月一二日インドネシヤ連邦ジヤカルタ市においてマブバニが金銭出資組合員、控訴人が労務出資組合員として、組合事業の運営はパートナーシツプの法律規則に従い行う約旨の下に組織され且つ同市において公証人の登録を受けたパートナーシツプたる組合で、右組合事業を日本で行うため、控訴人がまず来日し前示の場所で組合名義で営業中本件取引契約を締結したものであること、被控訴人は右取引契約を締結するに当つて控訴人及びマブバニが前示のとおり登録を経たパートナーシツプとしての組合の組合員であることを組合契約書を提示させて確認していること、右取引は総てイギリス法系の取引慣行に従い、契約に関する書類はいずれも英文のものを用い且つ契約書も日本の銀行の当座取引約定書の形式に従つたものでないことが認められ、これらの諸般の事実と、前示の被控訴人がインドの銀行であるとの事実及び控訴人及びマブバニが右取引契約に際し締結した前叙の特約はその内容たる事項がパートナーシツプである組合の組合員は各自組合を代表し且つ組合の一切の債務について連帯責任を負担するとのイギリス法系のパートナーシツプの法理において認められるところと何等異なるところがないことなどを併せ考えると、本件取引契約の当事者が右契約をイギリス法によつてなしたのか、インド法によつてなしたのか必ずしも明白でないとして、少くともイギリス法系に属する契約法理に準拠してなしたものと推認するを相当とする。もつとも既に認定したところから、明らかなように、本件取引は日本国内での取引のため日本国内で締結されたものであるから当事者は、日本法に準拠する意思を有していたものとの推測を容れる余地がないでもないが、前叙の各事情の存在する本件においては、右事実の存在は必ずしも前記認定を妨げるものではないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうだとすると、控訴人及びマブバニが組合の名で負担した取引上の債務についての控訴人の責任の有無は、イギリス法系のパートナーシツプの法理に準拠して定めるのが相当である。

そこで、控訴人が組合解散当時負担していた前示債務につきパートナーシツプの法理により認められる債務免除の事由により消滅するに至つたかどうかについて考えることとする。

イギリス法系のパートナーシツプの法理からすると、脱退した組合員は脱退前に組合が負担した取引上の債務につき連帯支払の責任を免れないのを原則とし、右組合員の責任が免除されるのは、当該組合員と債権者及び営業を継続する個人との間に締結された債務免除の合意か、明示の合意がなくとも、債権者と営業を継続するものとの間の取引の常態からして黙示的に右の合意が推定される場合でなければならない(アメリカ合衆国のユニホーム・パートナーシツプ・アクト第三六条、イギリス・パートナーシツプアクト第一七条、インド・パートナーシツプアクト第三二条参照)。そして当審における鑑定人八木弘の鑑定結果によると、イギリスの判例上右債務の免除の合意があつたと推定されるためには、債権者が継続して営業を行つている者を債務者として取扱つた事実だけでは足らず、更にそれ以上の事実がなければならないと解されていることが認められるところ、マブバニにおいて前示組合解散後は組合と同一の商号の下に個人として同一営業を引続いて営み、控訴人がその支配人となることになつたので、昭和三〇年八月二六日被控訴人との本件取引を解約するとともに同日マブバニが個人として同一商号を以て被控訴人と当座取引契約を締結するに至つたことは当事者間に争がないが、この事実だけからは控訴人の組合の過去の取引上のパートナーとしての責任を免除する合意が被控訴人との間に成立したことを推測するに足りないし、他に控訴人と被控訴人及びマブバニの間において控訴人の右債務を免除するとの明示の合意が成立したことを認むべき証拠は勿論、黙示の合意を推測するに足る事実を認むべき証拠もない。もつとも、原審並びに当審証人谷村干城の各証言によると、被控訴人は前示組合名義の本件取引契約を解約後右契約に関する書類にキヤンセルと記載の上、契約を証する書面とする趣旨で差入れさせていた組合名義の約束手形一通とともに、これを控訴人に返還したことが認められるが、右証言によると、右書類の返還は、組合の解散により将来に向つて組合との取引を解消する趣旨でなされたもので、既に組合が右取引上負担していた債務についての控訴人の前叙の連帯支払の責任までも免除する趣旨でなされたものでないことがうかがえるから、右書類の事実は、必ずしも債務免除の合意を推定するに足る資料となるものではない。

そうすると、組合解散当時控訴人がマブバニと連帯して支払責任のあつた組合名義の債務は、当座借越金につき昭和三〇年八月二六日から同三一年六月三〇日までの間の年八分の割合、現金信用借金につき同期間の年九分の割合による各約定利息相当の損害金をそれぞれ附加し、現金信用借金から担保商品処分代金四、三九七、四五三円を控除した結果、当座借越金として金八、一七九、二四一円、現金信用借金として金四〇四、四三八円、合計八五八三、六七九円となつたことは当事者間に争がないから、控訴人は被控訴人に対し右金八五八三、六七九円及びこれに対する昭和三一年七月一日から支払済まで約定利息の利率の範囲内である年八分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

されば、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は結局相当であるから、本件控訴は理由がないとして棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第八民事部

裁判長裁判官 石 井 末 一

裁判官 小 西   勝

裁判官 中 島 孝 信

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